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新訳 アグネス・グレイ



監 訳
片山 陽子
翻 訳
岸とみよ 都留雅代
小嶋利美 徳永早苗
島田聖子 宮田佳代
竹部寿重  

監訳者のことば
 『アグネス・グレイ』

 イングランド北部の山あいの小さな牧師館で、愛情深い家庭に育ったアグネスは、父の借財という思わぬ不幸に見舞われ、家計を助けるために住み込みの家庭教師となって働く決心をする。だが、理想に燃える18歳の彼女を待ち受けていたものは・・・・・・
『アグネス・グレイ』は、ブロンテ三姉妹の末妹アン・ブロンテが、29年の短い生涯に残したただ2作の小説のうちのひとつである。
自身の体験を色濃く反映したものといわれるが、姉たちの『ジェーン・エア』『嵐が丘』という大ヒット作に比べ、これまで読まれることがあまりにも少なかった作品だ。
 これは、女性が職業をもつことが異例だった19世紀半ばの社会で、自立と自己実現を志した新しい女性の話だろうか? それとも、階級社会のトゲに傷つきながら、自らの信念を貫くことによって、愛する人と結ばれ、真の幸福を手にするという昔ながらの美徳の物語だろうか?
 そのどちらでもあって、どちらでもない。古い日記をひもとくという、一人称の淡々とした筆致で書き進められるのは、英国ビクトリア朝の地主階級の、豪壮な邸宅で営まれる優雅な暮らしのありさまと、そこに巣くう傲慢、卑俗、虚栄。
もてあまさんばかりのプライドを慎ましく控えめな佇まいに包み込んで、そんな世界に足を踏み入れた主人公アグネスは、雇われの家庭教師として、日々何を感じ、体験するのだろう。
孤独、屈辱、怒り、そして初々しい恋心。そのあわいから、くっきりと立ち上がるのは、若くみずみずしい魂と、妥協を許さぬ静かで激しい生き方だ。『アグネス・グレイ』は、鋭い観察力、分析力、描写力が生み出したじつに魅力的な現代の小説なのである。
痛いほどリアリティのあるいくつもの台詞、パークと呼ばれる広大な庭園や朝日を浴びた海岸の鮮やかな情景を、私たちはヒースの荒野と同じほど、忘れないだろう。これほどのきらめきを放つ作品が、これまで世界の本棚のどこに隠れていたのだろうか?
 翻訳は、選抜された7人の女性で行った。
翻訳にあたっての合意は、古典としての品格を尊重することと、自分の気持ちに最も響く言葉をとことん探すこと。それだけだった。
時代により、人により、読み取るものも微妙に変わり、それを表現する言葉も変わる。
新しい訳とは、新しい読み手の心に自然に、漠然と起きているものを探し当てることが第一歩だろう。
言うほどたやすい作業ではないが、そうやって起こした各自の分担部分の訳稿が、他の6人全員の眼で検討された。
何度となく繰り返されたフィードバックの過程で、訳者たちは互いの個性に触発され、解釈の片寄りを是正され、文体を摩り合わせていった。
そしてアグネス・グレイは、より身近な女性になった。


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