監訳者のことば
人間の土地
菊地有子
本書の作者サンテグジュペリは、二〇世紀初めに活躍したフランスの作家である。
日本ではむしろ有名な「星の王子さま」の作者と言ったほうがわかりやすいかもしれない。
サンテグジュペリは飛行機のパイロットとして出発し、その経験をもとに文学作品を書き始め、やがて独特の境地を切り開いた。
今回、訳したこの「人間の土地」にも、そうした作者の飛行体験や仲間のパイロットとの友情が描かれている。
フランスとモロッコを結ぶ航空路、南米大陸の聳え立つ山脈、命がけの不時着・・・、さまざまなエピソード、そして軽快な語り口で、作者は読者を広大な空の世界に連れて行く。
原文を読んでまず感じたことは、文章からあふれる若々しい力である。古典というものはけっして古びることはないのだという思いがする。むしろそうした力を持っているからこそ古典というのだろう。
すでに評価の定まった作品だが、読みつくされたわけではないのである。
とくに今回の翻訳にあたっては、サンテグジュペリを飛行作家たらしめた<飛行機乗りの視点>を活かすことを心がけた。
そのためにワークショップでも航空写真等を資料に使い、文章だけでなく視覚的な面からも作家の世界を考えてみた。
二一世紀のわれわれにとって飛行機はなじみのあるもので、飛行機での移動も当たり前のことになっている。
たしかにこの作品が書かれた当時の状況と比べれば、技術は大きく進歩してきた。だがわれわれの視点は、日常の地平を超えて離陸しただろうか。いまだに地面の上をうろつきまわっているのではないだろうか。
サンテグジュペリはすでに国境など悠然と越えて、地球の上を飛んでいたのである。
そういう意味では、時代の先を行く作家に、われわれはやっと追いついたというべきかもしれない。
今回のワークショップは、親しみやすい古典的な作品を取り上げることで、翻訳に携わった一人一人が、文章をこえて作家の世界の総体をより深く理解することができたように思う。
読み込むにつれて訳文にも躍動感が出てきたが、そうした感じが訳書を通じて読者にも伝わることを願っている。
新しい読者のみならず、サンテグジュペリの古くからの愛読者もぜひもう一度、この作品を楽しんでいただきたい。
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