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The Diary of Virginia Woolf
新訳 ヴァージニア・ウルフ 日記


Virginia Woolf
ヴァージニア・ウルフ
(1882-1941)

監 訳
立木 勝
 
翻 訳
作本和子   川村まゆみ
立石ゆかり   小池祐子
笹田真弓   並木朋実
松尾恵子   竹本弘樹
伊藤央子   橋川史

監訳者のことば
 本書は、イギリスの作家ヴァージニア・ウルフが生涯にわたって書き続けた日記のうち、書き始めからの五年分を収録したものである。ヴァージニア・ウルフについては、文学史のテキストに必ず登場する作家なので、今さら経歴や作品について述べることはないだろう。この日記が書かれた時期の状況についても、クエンティン・ベルによる序が詳しく語ってくれているので、ぜひ参照してほしい。
 
 作家の日記を読むことの意味はなんだろう。それが初めから公開を意図したものであればその段階で「作品」であるし、私的なものであればその作家を研究する上での「資料」だと言える。しかしまれに、発表を意図しない私的なものでありながら「作品」としての鑑賞に堪えるものがある。本書はそのような貴重な日記のひとつである。その最大の理由は、ウルフが「人間の意識」への関心をいだき続け、日記のなかで自身の心を題材にそれを実践したことにあるのではないだろうか。

 ウルフは、自分では「内面の生活などもっていないような気がした」と書いているが、さまざまなできごとを綴ったこの日記は、その時々の自分の思いを書き込むことで、実は自身の「内面の生活」の記録そのものとなっている。それを本人の言うように「かなり駆け足の書き方で」「最速の速記タイプよりも速いくらい」に書きつけていくことで、ウルフ自身のまさに「意識の流れ」が次々と文字として定着され、「ごみに埋もれたダイヤモンド」が貯蔵されていく。これは作家にとってのスケッチなのだ。すぐれた画家ならば発表された作品以外のスケッチだけでも個展が成立する。年代順に並んだすぐれた文章スケッチを追うことは、貴重な「傑作」と接することなのである。
 
 本書はBabel Universityの『古典新訳ワークショップ』事業の一環であり、翻訳に当たったメンバーには、監訳者も含めて、普通の意味でのウルフ研究者、専門家は一人もいない。そのような、本来ならばまったく不適当かつ分不相応なわれわれが翻訳に際してとった態度は、ひたすらウルフの心の動きについていくことだった。そのため、特に言葉の順序を守ることについては、発想の順序を直接表すものとして、かなり無理をしたと思う。またそれ以外にも、誤読や不適切な訳語選択といった瑕疵が数多く見られるだろうが、すべては監訳者の非力によるものとお考えいただきたい。その上で、この日記を翻訳するなかでわれわれ自身の感じた喜びを少しでも共有していただければ幸いである。
 
 最後に、通常ならば関わることすらないであろう貴重な文章を翻訳する機会をあたえて下さったBabel Universityおよびバベル・プレスに、ワークショップ・メンバーを代表して心からお礼を申し上げたい。この経験を財産に、これから長い翻訳の道を歩んでいこうと思う。

『ヴァージニア・ウルフ日記』について
 ヴァージニア・ウルフという人をご存じですか。映画『めぐりあう時間たち』でニコール・キッドマンが演じていた女性で、精神を病みながら『ダロウェイ夫人』『灯台へ』などの小説を書いた、いわゆる「意識の流れ」の作家の一人です。日記は1915年1月1日から始まって、死の直前まで綴られました。死後の1953年に夫のレナード・ウルフが抜粋をA Writer's Diary(ある作家の日記)として出版し(邦訳みすず書房)、1977年に甥のベル夫妻が注釈付きの5巻本として全文を出版しました。今回の『ヴァージニア・ウルフの日記』はその第1巻、1915年から1919年までの部分を訳出したものです。こちらは未訳ですので、「古典新訳シリーズ」と銘打ってはいますが、結果としては本邦初訳の貴重な「傑作」となりました。

 この1915年から1919年という時期は、ウルフにとっては、世界文学史に残る作品群を発表し始める前のいわば習作時代で、長編第二作Night and Day(夜と昼)の執筆時期とほぼ重なります。英文学史に新たな地平を拓くのだという自負、それが世間に受け入れられのかという不安、信頼する仲間からの高い評価に喜ぶ姿など、作家ヴァージニア・ウルフが基礎を確立する時期のリアルな感情をかいま見ることができます。ふつうの作品や研究書では読めない、大切な心の記録といえるでしょう。 また、この5年間は第1次世界大戦とその戦後期でもあって、世間を超越したような辛辣なコメントが飛び出したり、夫のレナードも関係した国際連盟設立の動きがふれられていたりと、歴史のウラ読み資料としても第一級のおもしろさです。E・M・フォースター、トマス・ハーディ、キャサリン・マンスフィールド、D・H・ロレンス、H・G・ウェルズ、T・S・エリオットといった有名作家はもちろん、経済学者ケインズのような世界史の教科書に出てくる人びとも登場してさまざまなことを語ってくれます。

 そして、何よりも味わっていただきたいのはウルフの文章そのものです。ウルフ自身が本文中で語っているように、この日記は思いついたことを即座に文字にしたもので、まったく推敲なしの走り書きです。彼女が「本当はもっとうまく書ける」のは事実です。しかし、それだけにウルフの心の動きが率直に伝わってきます。淡々とした自然描写から浮かびあがる病気再発への怯え、夫レナードや家族への思いや孤独感、ロンドンの街をさまよう姿、売りに出された家を競り落とすときの興奮など、どんな作り話よりもおもしろく読むことができます。ベルの序文にある通り、これはまさに「作品」であって、しかも「傑作」なのです。このあたりは、ぜひ実際に読んで確かめてみてください。ワークショップ・チーム一同、それができる訳文を提供できたと信じています。
 
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